井上陽水 福岡
いつのまにか青い空がのぞいてる
思いつめた黒い雲は 逃げてゆく
君はどこで生まれたの育ってきたの
君は静かに 音もたてずに 大人になった
Un un Un un un
白い膚が 光に触れまぶしそう
髪の色は 青い空に浮きたって
燃える夏の太陽は そこまできてる
君は季節が変わるみたいに 大人になった
Un un Un un un
いつのまにか 「愛」を使うことを知り
知らず知らず 「恋」と遊ぶ人になる
だけど春の短さを 誰も知らない
君の笑顔は悲しいくらい 大人になった
Un un Un un un Un un un
愛を使うってどんなの?
恋と遊ぶってどんなの?
春が短いってみんな知っているのよ
だから私も大人にはなっていないの
子供だよねなんて言わせてあげている、ありがたくはないわけ?誰が作ったのか、私や貴方の全てを知っていそうなこの歌、メロディーもいいし、歌詞も悪いって言っているんじゃあない、ただ、じいっと見ていたんじゃあないの?と思う、
笑顔は見せられない、或る夜、上の歯が全部抜かれてしまったの。
一体どこにあるの私の歯は?
「傘がない」という詩がある。
「都会では自殺する若者が増えている
今朝来た新聞の片隅に書いていた
だけども問題は今日の雨 傘がない」
「新聞の片隅に書いていた」とは言わない、最近とみに増えている主語も述語も頭の中でこんがらがる人々。新聞の片隅にとあってその主語がない時は、「書いてあった」が正しい。詩を書いたのが新聞のその記事を書いている人であることを知らない私達に、覗き見専門の彼らには馬鹿にしか見えない私達に誇示したいくせに誇示できない人々。それがよくわかる歌詞である、同一人物である一青窈も同じ詩を書く、要するに人を馬鹿にしたふざけた詩を書くのだ。人をというより「日本人を」馬鹿にしたいのだ。その中にTBSがあり、阿川佐和子がいたり、筑紫哲也がいる。彼らが人の生活を覗き見し、また整形したり整形した人々を使って人の人生に影響を与える、不幸に輪をかけるのは彼らが日常的に行っていることである。阿川佐和子は非常に悪質で、私の書いたものにあった言葉を盗んで使い、私の子供がそれを知って故意に使うと、子供の記述の一切を消させ、それ以降書かせていない。子供は才能豊かな子で、その子を日本の文学界が受け入れないことは大損失である。宮沢賢治の「風の又三郎」は私の子供の作品の盗用である。
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